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修学旅行 広島平和記念公園へ
宮島を出た私たちが次へ向かったのは、これこそシラナイ人はいないだろう『原爆ドーム』のある広島平和記念公園だった。

今でもその原形をとどめる原爆ドーム。見れたのはホント一瞬だけでしたが、なんともいえない重々しさが、そこにはあった。
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公園は街中とは思えないくらい静かなところ。平和を象徴するハトも偶然かたくさんいました。
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木の幹なんかとってどないするんや・・・。
草の生え方が気に入ったのですよー。この公園には結構立派な木が多いです。それも見所かも(私だけ?)
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その後、青銅製かと思われる鐘をついた後(なんと私がつきました!各クラス一人ずつだったので貴重な体験ができたと思います)、進んでいくと何やらまっすぐな建造物。
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この火は平和を祈る火で、世界で戦争がなくなるまでずっと燃え続けるそうです。
それが明日なのか、それとも未来永劫なのか。きっと私たちにかかっていると思いました。
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この直線の正体。
千羽鶴を献上するアーチの先には原爆ドームがある。気づいたときの感動は大きかった。
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その後私たちは公園内にある平和記念資料館というところへ行ってきた。
名前のとおり原爆に関する資料や物品などが展示されている場所です。館内は暗めで白熱灯での照明のみという非常になんともいえぬ雰囲気の中を、私たちは歩いた。
驚いたのは外国人の多さ。日本のほかにも原爆への関心を持っている方たちがいたなんて・・・。
ちょっぴり感動しました。
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被爆直後の広島市の模型。本当にそこに町があったのかと疑いたくなるような光景である。
改めて人のしてきた愚かさを感じました。
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現在世界の核保有国の持つ核の数を地球儀で表したもの。一体どこで使おうというのだ。
また、歴史は繰り返してしまうのか。そう思うと本当に人類ながら呆れてしまうしかない。
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これは当時家などに使われていた瓦なのですが、原爆の発する熱線によって熔け、表面がざらざらになってしまったのです。
これはさわることが出来、さわった瞬間こんなにもなるものなのかと、恐怖を感じた。
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これは当時の建物の柱。よく見ていただければ分かると思うのですが、木材に爆風で飛んできたガラスの破片が刺さっているのが分かります。これはほんの30センチ前後の間隔で、ガラスとガラスの間は1センチも無いといったところでした。

これが飛んできたとなると恐ろしくて仕方ありません。
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ところで、皆さんは「貞子さん」という女の子を知っているでしょうか。
以前授業で習ったのですが、彼女はまだ幼いときに原爆を被爆しました。しかし、その後も何事も無く、むしろ他人より活発な女の子に育っていきました。

ある日、体育の時間中に突然貞子さんは倒れます。病院に彼女は運ばれいわゆる「白血病」という病気にかかっていると診断されました。

ただ死を待つだけの貞子さん。しかし、貞子さんは千羽鶴を完成させれば願いがかなうという話を信じていて、病気に侵されながらも必死に鶴を折り続けました。

しかし、願いははかなくも終わってしまいます。後もう少しってところで彼女はこの世を去ってしまいました。

この写真の鶴は、当時貞子さんが折っていた鶴です。小さく、しかし丁寧に織り込まれていました。
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歴史を知っているからこそ、不意に悲しくなってきました。
もし、周りに友達がいなかったら本当に泣いてしまっていたでしょう。

館内を回る時間はたったの20分。こんな大事なところ、どうしてこれだけの時間で廻れというのでしょうか。久々に怒りを覚えました。

最後は急かされて館内を出される始末。再び来ようと、強く感じました。

今回も心残りが多すぎる訪問でした。
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by galaxy-infinitive | 2007-12-13 22:49 | れきし